大観衆を前に圧倒的な強さを見せた上村愛子。上村の活躍が大会成功の原動力となった(写真:佐藤浩之)
「メチャメチャ速くて怖かったですよ」
モーグル予選のゴール後、上村愛子の開口一番がこれだった。地元開催、メダル獲得のプレッシャーでスタート前の緊張は頂点に達し、めったに見せない険しい表情だった上村が、ゴールゲートからミックスゾーンへ出てきて、笑顔一杯でこう言った。
とにかく速かった。最大のライバル、ジェニファー・ハイル(CAN)に、ターンは譲ったもののタイムでは、なんとただ一人20秒台(28秒88)をマーク、ハイルとの差は2秒95という圧勝。全長223メートルという距離を考えると、ぶっちぎりという表現しかでてこない。
1本滑ってコースの状態、感触をつかんだ上村は、この勢いをファイナルでさらに爆発させる。
ハイル1位、チェコのニコラ・スドバ2位、そして3位に躍進著しい伊藤みきが付けてラストの上村を待つ。ラストの16番目、ビブナンバー3番をつけた上村がスタート台に立つ。ジッと223メートル先にあるゴールを見つめる。4000人を越える大観衆から「上村~」、「愛子~」の大合唱だ。
ミックスゾーンで待ちかまえる報道陣からも会話が消え、全員がかすかに見えるスタート台の上村を見つめる。
なりやまない大歓声の中、上村がコースに飛び込んだ。頭の位置を微動だにせず、左右均等なターンはどこまでもリズミカルだ。第1エアーをヘリコプターで無難にこなし、第2エアーまでインターバルが長くなったターンの見せ場に突入した。と同時に、愛機、ID Oneがうなりを上げる。フォールラインにピタリと向いたスキーはどんどん加速するが、上体は安定し、スピードに負けていない。ケタ違いの早さに、会場のトーンはヒートアップ、DJの声もかき消されていた。
第2エアーをピタリと決めたときには、もう勝利を確信したヤンネ・ラハテラコーチ、高野ヘッドコーチはこぶしを振り上げていた。フィニッシュゾーンに右腕を高々と天に突き上げた上村が飛び込んできた。ギャラリーも報道陣も、コースの運営スタッフも、みんなが歓喜している。
ハイルが、「パーフェクトだ。今日のアイコには誰も勝てない」さわやかな敗北宣言だった。ターン、エアー、タイムのすべてを制した完全Vの金メダル獲得だった。
「自分を信じて滑った。いい滑りができたと思ったのでゴール前から勝利を確信することができた。雪不足の中、一生懸命コース作りをしてくれた人たちに感謝したい」と記者会見で語った上村。世界選手権大会では、過去2個のメダルを獲得しているが、いずれも銅メダル。どうしてもほしかった金メダルを、7度目の挑戦でとうとう手に入れた。
インタビューに向かう間、いそいで涙を拭いていた後ろ姿に、金メダルまでの長い道のりを物語っていた。
大会最終日の8日、デュアルモーグルが行われた。前日の目一杯のレースの疲れが残る上村、一矢報いたいハイル、スドバ、ハンナ・カーニーらワールドカップで常に上位争いをしている選手たち。
デュアルモーグルは、ファイナルまで4本滑らなければならない。上村にとって体力が持つかどうかが焦点だった。
しかし、そんな心配も予選終了後、杞憂に終わった。モーグルと同様、ターン、エアー、タイムとも、まったくライバルを寄せ付けず、とくに自信をもっているタイムは秒近く差をつけている。集中力も、スキーの走りも万全だ。
トーナメントが進むに連れて会場がざわつく。今季、成長著しい伊藤みき、そして最後に代表に選ばれた里谷多英も勝ち上がってくる。過去に、ベスト8に日本選手が3人残ったことがあっただろうか。その3選手が、ベスト4進出を果たした瞬間、もう会場中がお祭りさわぎだ。「ワンツースリーもあるぞ」、プレスエリアで観戦していた林フリースタイル部長が叫んだ。
日本選手以外で残ったのは、アメリカのカーニーだ。3~4位決定戦はそのカーニーと里谷、そしてファイナルは、ワールドカップでも実現したことのない初の日本選手対決となった。僅差で里谷が敗れてワンツースリーの快挙は達成されなかった。しかし、里谷の健闘を讃える拍手はなかなか鳴りやまなかった。メダルを獲得できなかった悔しさ、トップシーンでもまだやれることの安堵感、復帰までの長く苦しかった思いなどが複雑に交錯し、思わず涙を流した。
上村、伊藤という予想もできならったファイナルの対決。日本の金メダル、銀メダルが決定したこともあって、関係者はモーグルの時のような緊張感は漂っていない。笑顔さえ見られる。
会場の誰もが、ゴールに設置された大型スクリースに釘付けとなった。上村と伊藤の顔が交互に映し出される。ワールドカップを通じて初の決勝進出を果たした伊藤は、見た目にも緊張感で一杯。
上村、伊藤がスタートを切った。第1エアーを終えると伊藤がスルスルとリードを奪った。しかし、上村はあわてない。第2エアーとの中間地点に差し掛かると同時に、上村のスキーがグーンと加速を開始した。あっという間だった。こうなると、上村の独壇場だ。みるみる伊藤を引き離し、第2エアーの着地では、さすがに足がもたずにバランスを崩しそうになったが、リカバリーし、2冠を達成した。
金メダル2個、銀メダル2個、そして里谷多英も4位入賞を果たしてモーグルチーム最良の日となった(写真:佐藤浩之)
史上初の日本選手対決となった女子デュアルモーグル。伊藤みきの成長ぶりはジャパンチームにとって大きな収穫だった(写真:佐藤浩之)
伊藤みきが銀メダル、そして男子でも伏兵ともいうべき西伸幸が、あれよあれよという間に決勝に進出し、ワールドカップで首位を走るカナダのビロドーに一歩も引けをとらない素晴らしい滑りで食らいつき、会場を沸かせた。破れはしたが、堂々の銀メダルを獲得して、ギャラリーに向かって「どうだ」と言わんばかりに胸を突き出した。
デユアルモーグルでの伊藤みきの滑り。序盤は上村をリードして会場を大いに沸かせた(写真:佐藤浩之)
西伸幸の活躍には誰もが驚いた。速いスキーさばきは王者、ビロドーをヒヤリとさせた(写真:佐藤浩之)
このモーグルチームの活躍が「2009年FISフリースタイルスキー世界選手権猪苗代大会」
の成功を決定づけたのは言うまでもない。
大会最初の種目、スキークロスには瀧澤宏臣、福島のり子らがチャレンジした。エアリアルには地元、猪苗代スキークラブの倉田孝太郎が、声援の応えようと思い切った大技に挑んだが、ランディングバーンに叩きつけられた。
スキーハーフパイプに出場した畑中みゆきは、トレーニングで腰を痛め、プレーできる状態ではなかったが、果敢にバンクに飛び込んでいった。エース、上野雄大はトレーニングでけがをしてレースを迎えることもなく、会場を後にした。
大会初日に行われたスキークロス。メダル獲得が期待されたワールドカップ初代チャンピオン、瀧澤宏臣。インタビューを受けるその表情にくやしさが滲んでいた
腰の痛みを押して出場したスキーハーフパイプの畑中みゆき。レース後は腰の痛さにうずくまるほどだったが、カメラを向けると持ち前に明るさでご覧の笑顔。貴重な存在だ
昨年のプレ大会で6位だった三星マナミ。期待に応えられない悔しさから、レース後は大泣きだったが、ひと段落してからはいつものマナミスマイルが炸裂していた
エアリアルも残念ながら世界の厚い壁を突破することはできなかった。しかし、勇気を持って大技に挑戦した選手にいつまでも拍手は鳴りやまなかった
メダルを獲得した選手だけではなく、残念ながら破れ去った選手たちも勇気をもって必死にチャレンジした。そして、選手達全員が「雪不足の中でいいコースを作ってくれたスタッフの皆さんに感謝したい。素晴らしいバーンでレースできたことを大変嬉しく思います。ありがとうございました」とコースに頭を下げた。
応援に駆けつけてくれた地元の子供たち。出場国の国旗が入った小旗を振って大きな声で応援してくれた。子供たちも立派に大会を支えてくれた立役者だ
コースしか雪がついていないモーグルバーン。それでもモーグル、デュアルモーグルをこなしてもびくともしなかった。ジェニファー・ハイルが言った。「こんな雪不足の中で信じられないほど素晴らしいコースだった」。決して表面に出ることがないスタッフに、ただただ感謝だ
挑戦をありがとう、勇気をありがとう、そして栄光をありがとう。
(文中の敬称略)