オリンピックの悔しさをこの1戦にかけてみごと優勝した上村愛子選手
一瞬バランスを崩したがみごと立て直してラップタイムで優勝した(写真:佐藤浩之)
濃霧が立ちこめて視界が悪い中、滑り慣れた猪苗代町・リステルスキーファンタジアのモーグルバーンを上村愛子選手(北野建設スキークラブ)が激走、ミスは出たものの強引に飛ばして圧倒的なラップタイムでクオリフィケーションをトップ通過した。その後、さらに濃霧が広がり、ジャッジの視界が利かないため「濃霧でファイナル」ができず、予選の成績が決勝となって上村愛子のワールドカップ10勝目が決まった。
3月6日、7日、福島県・猪苗代町で開催されたフリースタイルのワールドカップ。選手たちにとってオリンピック終了後、最初の大会となった。6日モーグル、7日デュアルモーグルとプログラムが組まれたが、折しも気温が上昇、6日は朝からコース全体が濃霧に包まれ、風もないため終日濃霧が動くことはなかった。
6日がキャンセルとなり、7日はモーグル2戦の変則スケジュールとなったが、朝から雪、みぞれ、そしてまた濃霧に見舞われた。これまでのワールドカップを上回るギャラリーが詰めかけた会場は、ゲームが行われることを信じて誰も帰ろうとはしない。
FISの役員や大会組織委員会もゲームの成立へ向けて、濃霧が去るのを期待して必死にコース整備を行う。そしてギャラリーや関係者の願いが通じて、晴れ間が出た。その間隙を縫って女子をスタートさせた。ビブナンバー6番の上村は、オリンピック後の初滑りが5日だったこともあり不安いっぱいでスタートに立った。
「オリンピックで精も根も使い果たしてモチベーションを上げられないまま大会を迎えて不安でした。しかし、多くの方々が応援に来てくれたのを見て、よし、気持ちを切り替えて頑張ろうと思いました」
第1エアーの着地でややバランスを乱したものの、ミドルセクションでは上体が遅れるほどスキーは走り、上村は中間地点でポジションを戻すと、スキーはいつものようにフォールラインに向けて正確なリズムを刻みはじめた。28秒99とただ1人20秒台をマーク、バンクーバーの銀メダリスト、ジェニファー・ハイル(CAN)に1秒55の大差をつけて1位通過を果たした。まさに激走だった。
優勝が決まった後、ミックスゾーンで笑顔のインタビュー
「スキーが走り過ぎて怖かった」とミックスゾーンに笑顔で表れた上村の第一声だった。
オリンピック後、短時間で戦闘モードに切り替えられたことを素直に喜んでいた。
女子の予選終了後、男子がスタートして間もなく再び濃霧が発生し、数回の中断後、レースのキャンセルが告げられた。女子は予選を終了していることからオフィシャルリザルツとして成立、上村の通算10勝目が決まった。
今シーズンはバンクーバーオリンピックにすべてを合わせてきた。上村も悲願のメダル獲得に照準を合わせてきた。ナーバスにもなった。過去、メダルが見える位置にいながら獲得できなかったからだ。4位という結果に、悔しさがこみ上げ何も考えられないくらい落ち込んだ。その一度ぷっーんと切れた集中力を、1か月も立たないうちに再び戦える気持ちにすることは至難の業である。
大会の直前まで上村のモチベーションは上がらなかった。6日、朝から多くのギャラリーが「上村愛子」ののぼりをもって詰めかけた。濃霧の時間待ちでも辛抱強く開始を待っていてくれる。7日もキャンセルの可能性もあった中、また多くのファンが「ウエムラ~」「アイコ~」の大声援が飛び交う。オフィシャルトレーニングが終わってから上村は、「多くの人たちが応援してくれている。よし気持ちを切り替えて喜んでもらえる滑りをしたい」とこの時、戦闘モードに切り替わった。
ジェニファーは言った。「オリンピックは私はラッキーだった、アイコは不運だった。それだけ。だって今日のアイコの滑りを見たでしょう」とライバルをかばい、そして讃えた。
連日濃霧がコースを覆い、女子の1戦のみが成立した
多くのギャラリーは競技の開始を信じて待ち続けてくれた
上村選手WC優勝のお祝いにフリースタイルチームをスポンサードいただいているビザ・ワールドワイド・ジャパン株式会社、マーケティングディレクター佐藤治様からフラワーアレンジメントが届いた。佐藤様、ありがとうございます
開会式で環境省からエコバッグが選手に配られた
競技終了後は選手も関係者も一緒になって「ストップ! 地球温暖化 チャレンジ25」のバナーの前で記念撮影。地球温暖化を訴えた