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競技本部記事

さようなら、静かなるファイター
「小野学氏お別れ会」しめやかに

遺影は長野五輪当時のめずらしく微笑んだ小野さんがいた

遺影は長野五輪当時のめずらしく微笑んだ小野さんがいた

「最後のジャンパー船木和喜が飛んだ、飛距離は十分、日本大逆転金メダル」
アナウンサーの絶叫が白馬ジャンプ競技場全体に響いた1998年2月17日、ジャンプ団体戦。日本は長い中断の末開催された2本目で、1本目4位から大逆転を演じ、日本列島を興奮と感動に包んだ。狂喜する選手の陰でヘッドコーチ、小野学氏はあくまでも冷静に勝利を噛みしめていた。

7月3日に59歳で亡くなった小野さんの「お別れ会」が7月16日、長野市のホテルで行われた。会場には原田雅彦さん、斉藤浩哉さん、岡部孝信選手らの長野オリンピック団体で金メダルを獲得したメンバーをはじめ、かつて北野建設スキークラブに所属していた荻原健司さん、現在同クラブに所属している上村愛子さん、現役の伊藤みき選手ら約400人が参列した。

原田さんは「小野さんがヘッドコーチに就任してから海外遠征の機会を増やしてくれて世界で戦える基礎を作ってくれた。長野の金メダルはその成果だと思う」と弔辞を述べ、上村さんも「バンクーバーでメダルを見せることができなかったのは残念だった。18歳で北野建設に入社してから小野監督のもとで選手をやってこられたのは幸せだった」と涙ながらに語った。

弔辞をよむ原田雅彦さんと長野五輪の金メダルメンバー、斉藤浩哉さん(左)と岡部孝信選手

弔辞をよむ原田雅彦さんと長野五輪の金メダルメンバー、斉藤浩哉さん(左)と岡部孝信選手

現在、北野建設の所属している現役選手を代表して弔辞を読むジャンプの竹内択選手。左は上村愛子さん

現在、北野建設の所属している現役選手を代表して弔辞を読むジャンプの竹内択選手。左は上村愛子さん

小野さんは、ヘッドコーチとしてオリンピックで金メダル2個、銀メダル2個、銅メダル1個、そして世界選手権大会では1999年の世界選手権大会でメダル独占(ノーマルヒル)したのをはじめ金メダル4個、銀メダル5個、銅メダル3個を獲得した。日本のジャンプ史に燦然と輝く不滅の記録を残した小野さん。静かなるファイター、小野さん、やすらかにお休みください。合掌

小野 学氏略歴 1950年9月14日生まれ
長野高校→慶応大学→日本楽器→北野建設
北野建設スキークラブ監督

選手として、第54回(1976年)全日本スキー選手権大会70m級ジャンプで優勝しているおり、コーチとしては、1992年アルベールビルオリンピックが終了した翌年の1992/93シーズンからヘッドコーチに就任、長野オリンピック終了後の1999/2000シーズンまでヘッドコーチを務めた。
その間、1998年長野オリンピックではジャパンチーム史上最高となる金メダル2個、銀メダル1個、銅メダル1個を獲得、翌1999年世界選手権(ノーマルヒル)では、札幌オリンピック以来2度目の金・銀・銅を独占、快挙を達成した。(ヘッドコーチとしてメダル獲得最高記録を持つ)
英語が堪能で、海外の情報を積極的に取り入れ、それまでの「感覚のジャンプ」から「客観的データ」を採用したことで成功した。今年2月に行われたバンクーバーオリンピックでは解説者としてわかりやすい解説でお茶の間を楽しませた。

[2010/7/20:競技本部]
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