2008/09/04

連載7 記録に見る日本のスキー競技史
1923年、日本のスキー競技ははじまった

1938年(昭和13年)
第16回全日本スキー選手権大会
会場:北海道札幌

 

競技名 種目名 優勝者 所属 記録
ジャンプ 成年 亀ヶ森 隆 北大 59.50m/66.00m
少年 久留島敏明 樺太・廳鉄 57.50m/63.00m
ノルディックコンバインド 成年 坂田 時人 ホッパー 454.3
少年 竹見 忠孝 札幌商 420.1
クロスカントリー 長距離(18km) 成年 桑原 富男 豊原スキー連盟 1:30:21
少年 伊藤 弘 豊原スキー連盟 1:32:17
壮年 高田 三郎 三菱美唄 1:41:58
耐久(40km) 但野 寛 札幌鉄道 4:16:20
リレー 豊原スキー連盟 3:32:15
アルペン 滑降/男子 龍田 鳳三 早大 5:10:08
滑降/女子 末武 清江 小樽スキー倶楽部 5:59:02
回転/男子 若本松太郎 ホッパー 146.0
回転/女子 鈴木 安子 旭川高女 118.2
複合/男子 小島 鉄弥 ホッパー 520.1
複合/女子 末武 清江 小樽スキー倶楽部 589.5

この大会からジャンプとノルディックコンバインドの「壮年」が廃止される。
※クロスカントリーの桑原富男(豊原スキー連盟)の名前が、その年によって「富雄」と「富男」の2通り出てきます。どちらが正しいのか、もしお分かりの方がいましたら、お教えください。本文では、スキー年鑑に記載された記録に忠実に掲載します。

 

昭和13年、後楽園球場で行われた「第1回全日本選抜スキージャンプ東京大会」の模様。<br />
雪は妙高山麓、田口からなんと貨車30両で運んだという。開催の目的はジャンプ競技を多くの人に知ってもらうためで、70年前の発想とは思えない斬新なもの。物珍しさにスタンドには多くの観客が見守る。左に漢数字で書かれたスコアボードが見え、スタンドのその先は水道橋駅。写真の選手は小樽中出の木村隆一。(スキー年鑑第12号より)” /></p>
<p class=昭和13年、後楽園球場で行われた「第1回全日本選抜スキージャンプ東京大会」の模様。
雪は妙高山麓、田口からなんと貨車30両で運んだという。開催の目的はジャンプ競技を多くの人に知ってもらうためで、70年前の発想とは思えない斬新なもの。物珍しさにスタンドには多くの観客が見守る。左に漢数字で書かれたスコアボードが見え、スタンドのその先は水道橋駅。写真の選手は小樽中出の木村隆一。(スキー年鑑第12号より)

 

世界選手権大会派遣選手と成績
ラハティ(フィンランド)

 

代表選手 参加競技と成績
純飛躍 複合 距離
伊黒 正次 飛距離不明 10位
菊地 富三 成績不明39位
藤山 嘉造 成績・順位不明
次井 晨 成績・順位不明

初の世界選手権大会に4選手を派遣。しかし、スキー年鑑では詳細な報告及び記録がなく、クロスカントリーの順位と全選手の記録が不明。もし記録をご存知の方がいましたらお教えください。

 

1939年(昭和14年)
第17回全日本スキー選手権大会
会場:北海道札幌

 

競技名 種目名 優勝者 所属 記録
ジャンプ 成年 浅木 文雄 北海商業 66.00m/67.50m
少年 久保登喜夫 小樽中学 65.50m/60.00m
ノルディックコンバインド 成年 久慈 庫男 早大 450.8
少年 竹見 忠孝 ホッパー 430.9
クロスカントリー 長距離(17km) 成年 佐藤 忠義 豊原スキー連盟 1:21:17
少年 落合 力松 北海商業 1:22:20
壮年 村上吉五郎 秋田林友 1:28:47
耐久(30km) 関戸 力 札幌鉄道 3:17:48
リレー 豊原スキー連盟 3:10:04
アルペン 滑降/男子 小島 弘平 高田中学 4:04.02
滑降/女子 石井 良子 豊原高女 3:35:00
回転/男子 若本松太郎 豊原スキー連盟 163.4
回転/女子 佐藤 啓子 旭川高女 149.6
複合/男子 奥村 末男 札幌商業 407.9
複合/女子 佐藤 啓子 旭川高女 362.8

記録の中に、当時のスキーを知る貴重な資料が掲載されてあった。アルペン(滑降)の記録の後に、選手が使用しているスキーのサイズと使用素材、スチール(エッジ)の有無が記されている。たとえば男子滑降で優勝した小島弘平選手はスキーの長さ207cm、素材はヒッコリーでスチール有りだった。スキーのサイズは結構バラバラで、最も短いのが189cm、最長サイズが207cm、その差は18cmもある。完走者60選手中、スチールなしはただ一人、10位に入った佐々木清(樺太鉄道)のみだった。しかし、旗門数はわからないが、エッジなしで完走し、しかも10位に入ったというのは、今では考えられない。
クロスカントリー・長距離の少年で優勝した落合力松(北海商業)は、その後、数々のタイトルを獲得した名選手だった。昭和55年から昭和61年までSAJの理事(昭和57年から常務理事)を努め、1998年に開催された長野オリンピックが終了した約4か月後の6月19日、静にその生涯を閉じた。

 

第17回全日本スキー選手権大会、耐久競争で優勝した関戸力選手の力強い走り(スキー年鑑第13号より)

第17回全日本スキー選手権大会、耐久競争で優勝した関戸力選手の力強い走り(スキー年鑑第13号より)