連載27 記録に見る日本のスキー競技史
1923年、日本のスキー競技ははじまった
1976年(昭和51年)
第54回全日本スキー選手権大会
会場 | :アルペン | 北海道富良野市・北の峰スキー場 |
会場 | :ノルディック | 北海道札幌市・大倉山ジャンプ競技場/宮の森ジャンプ競技場/西岡距離競技場 |
■アルペン
順 | 滑降 | 回転 | 大回転 |
---|---|---|---|
■男子 | |||
1 | 片桐 幹雄(北野建設) 1:07.25 |
千葉 晴久(東京ウル) 1:05.86/1:04.64 2:10.50 |
海和 俊宏(三井物産) 1:53.78 |
2 | 富井 澄博(西沢スキー) 1:08.77 |
市村 政美(日本楽器) 1:07.22/1:04.26 2:11.48 |
栗岩 恵一(北野建設) 1:54.26 |
3 | 池田 勝明(日大) 1:09.22 |
富井 澄博(西沢スキー) 1:06.29/1:05.35 2:11.64 |
児玉 修(日大) 1:54.37 |
■女子 | |||
1 | 佐藤 祐子(トーモク) 1:04.04 |
岡崎恵美子(アジアスキー) 1:01.56/1:03.67 2:05.23 |
岡崎恵美子(アジアスキー) 1:54.93 |
2 | 成田伊予子(専大) 1:06.13 |
田島恵美子(北の峯観光) 1:04.28/1:03.71 2:07.99 |
佐藤 祐子(トーモク) 1:56.42 |
3 | 小島 景子(専大) 1:06.30 |
小島 景子(専大) 1:04.80/1:03.47 2:08.27 |
小島 景子(専大) 1:56.84 |
■ノルディックコンバインド
選手名 | 所属 | 飛躍点 | 距離点 | 得点 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | 荒谷 一夫 | たくぎん | 194.0 | 220.0 | 414.0 |
2 | 岩崎 基志 | たくぎん | 216.5 | 176.605 | 393.105 |
3 | 山本 進 | 早大 | 181.8 | 188.065 | 369.865 |
■少年
1 | 中津 信雄 | 北照高 | 181.5 | 153.085 | 334.585 |
2 | 古川 牧雄 | 東奥義塾高 | 146.4 | 169.540 | 315.940 |
3 | 神島 敬一 | 早大 | 147.2 | 164.020 | 311.220 |
■クロスカントリー
リレー | 15km | 30km | 50km | |
---|---|---|---|---|
■男子 | ||||
1 | カザマスキー 2:19:57.95 |
沢田 和之 (北日本) 51:03.99 |
佐藤 志郎 (中大) 1:46:33.87 |
佐藤 藤一 (北野建設) 3:04:48.24 |
2 | 北方スキーA 2:21:24.51 |
後藤 一義 (カザマスキー)51:26.88 |
沢田 和之 (北日本) 1:48:02.41 |
沢田 和之 (北日本) 3:05:57.51 |
3 | 日大 2:21:25.36 |
早坂毅代司 (日大) 52:06.91 |
加藤 陽一 (カザマスキー)1:48:04.82 |
高橋 稔 (北方スキー) 3:08:11.50 |
■女子 | (5km) | (10km) | ||
1 | 日大 1:21:43.63 |
照井美喜子 (生保内中教)18:06.43 |
照井美喜子 (生保内中教)36:35.19 |
|
2 | 大館桂高 1:24:23.04 |
金井 洋子 (地崎工業)18:54.44 |
金井 洋子 (地崎工業)37:51.84 |
|
3 | 柴田女子高 1:25:30.66 |
菊池 篤子 (日大) 19:07.78 |
宮沢 弘子 (北野建設)38:46.52 |
■ジャンプ
順位 | 90m | 70m | 少年 |
---|---|---|---|
1 | 板垣 宏志(国土計画) 104.5m/94m 219.9 |
小野 学(日本楽器) 82m/84m/86m 240.9 |
岩崎 基志(たくぎん) 79.5m/81m/75.5m 216.5 |
2 | 金子 茂 (農材工業) 94.5m/95m 202.3 |
金子 茂(農材工業) 73.5m/81.5m/86.5m 239.7 |
工藤 幸夫(ニヘイ) 79m/78m/78m 207.7 |
3 | 田口 世一(リンレイ) 89.0m/96.m 192.0 |
秋元 俊一(コカコーラ) 72m/80.5m/82m 229.9 |
山田 和広(北日本) 75m/80m/75m 197.6 |
70m級及び少年は、3本飛んで2本採用という方式で行われている。3本のうち最も悪いポイントが外されベスト2が採用されるというシステム。

この年(1976年)、海外遠征用としてはじめてSUBARUの提供を受けた。以来、今日までジャパンスキーチームはSUBARUのサポートを受けている。スキー年鑑には「9月14日、海外遠征用車輌として同社のSUBARUレオーネ4輪駆動ワゴン2台の寄贈を受けた。(中略)この車輌は悪路、雪道に強く、4輪駆動のワゴンでありながら室内はセダンと同様に居住性がきわめて高く、北欧輸出仕様に仕上げられ、真紅のボディに日の丸とJAPAN SKI TEAMと書き込まれている。車輌は10月末までにオーストリア・インスブルックに同社の手によって輸送され、11月上旬にオーストリア入りする。SAJアルペン海外遠征第1隊の手に引き渡される予定である」と喜びが伝わってくるような報告をしている。