連載25 記録に見る日本のスキー競技史
1923年、日本のスキー競技ははじまった
1974年(昭和49年)
第52回全日本スキー選手権大会
会場 | :アルペン | 長野県白馬村・白馬八方尾根スキー場 |
会場 | :ノルディック | 北海道札幌市・大倉山ジャンプ競技場/宮の森ジャンプ競技場 |
西岡距離競技場 |
■アルペン
順 | 滑降 | 回転 | 大回転 |
---|---|---|---|
■男子 | |||
1 | 熊谷 毅志(早大) 1:37.69 |
千葉 晴久(専大) 54.07/48.92 1:42.99 |
富井 澄博(西沢スキー) 1:35.91 |
2 | 吉沢 勇(専大) 1:38.33 |
市村 政美(日本楽器) 53.67/49.93 1:43.60 |
池田 勝明(日大) 1:37.69 |
3 | 池田 勝明(日大) 1:39.64 |
鈴木 謙二(美津濃) 55.56/48.56 1:44.12 |
山本 郁夫(明大) 1:38.33 |
■女子 | |||
1 | 南雲美津代(西沢スキー) 1:37.18 |
南雲美津代(西沢スキー) 44.18/40.73 1:24.91 |
沖津はる江(美津濃) 1:22.97 |
2 | 岡崎恵美子(アジアスキー) 1:37.19 |
沖津はる江(美津濃) 44.47/40.74 1:25.21 |
南雲美津代(西沢スキー) 1:24.55 |
3 | 阿久津ひろ美(日本楽器) 1:38.13 |
岡崎恵美子(アジアスキー) 46.76/41.80 1:28.56 |
岡崎恵美子(アジアスキー) 1:26.85 |
大会は、地元白馬村及び同教育委員会が半年以上前から準備を進め、大会の前後15日間はスキー学校を全面閉鎖するなど白馬体協スキー部を中心に役員の動員態勢は完璧に行われた。迅速確実な安定感のある競技運営がなされたことは、さすがに経験豊かな白馬村の関係者に対し敬意を表したいと、今は亡き関金三郎は報告している。
コースプロフィール
コース/八方国際コース | |||||
男子滑降 | 全長/2100m | 標高差/800m | 平均斜度/17°27 | 最大斜度/34° | 旗門数/29 |
女子滑降 | 全長/1700m | 標高差/700m | 平均斜度/17°27 | 最大斜度/32° | 旗門数/26 |
男子大回転 | 全長/1700m | 標高差/400m | 平気斜度/16°30 | 最大斜度/30° | 旗門数/55 |
女子大回転 | 全長/1300m | 標高差/350m | 平均斜度/17°00 | 最大斜度/30° | 旗門数/不明 |
男子回転 | 全長/550m | 標高差/180m | 平均斜度/19°11 | 最大斜度/30° | 旗門数/62・60 |
女子回転 | 全長/350m | 標高差/150m | 平均斜度/18°00 | 最大斜度/30° | 旗門数/43・42 |
■ノルディックコンバインド
選手名 | 所属 | 飛躍点 | 距離点 | 得点 | |
---|---|---|---|---|---|
1 | 荒谷 一夫 | たくぎん | 212.9 | 191.00 | 403.9 |
2 | 中野 秀樹 | 早大 | 175.5 | 200.90 | 376.4 |
3 | 工藤 幸夫 | ニヘイハウス | 199.0 | 173.80 | 372.8 |
■少年組
1 | 細川 洋 | 鷹巣農林高校 | 133.5 | 199.5 | 333.0 |
2 | 高畠 啓博 | 名寄農業高校 | 105.2 | 220.0 | 325.2 |
3 | 尾西 則昭 | 北照高校 | 148.7 | 172.2 | 320.9 |
ファールン(SWE)で行われる世界選手権大会の予選会を兼ねる大会として行われたが、エースである勝呂が北欧遠征で不在、中野の足くびのネンザで不調ということもあり盛り上がりに欠ける大会となった。その中で、やはり不調といっても実力者、中野は苦手の距離を克服してシード選手に1~2分離して力走、2位を確保、同時に世界選手権の代表の座も確保した。
■クロスカントリー
リレー | 15km | 30km | 50km | |
---|---|---|---|---|
■男子 | ||||
1 | 日大 2:19:21.4 |
藤木 良司 (日大) 46:39.8 |
後藤 一義 (カザマスキー)1:39:04.1 |
山岸 英晴 (北方スキー) 2:46:29.2 |
2 | カザマスキー 2:2048.4 |
後藤 一義 (カザマスキー)47:06.7 |
須藤 昇 (日大) 1:40:10.8 |
馬渕 豊和 (朝日鉄工) 2:47:47.3 |
3 | 北方スキー 2:21:04.1 |
成田 耕治 (日大) 47:22.7 |
成田 耕治 (日大) 1:40:47.8 |
滝沢 芳明 (カザマスキー) 2:50:41.5 |
■女子 | (5km) | (10km) | ■少年 | |
1 | 日大 1:27:13.7 |
照井美喜子 (日大)18:59.2 |
照井美喜子 (日大) 37:05.0 |
小林 史歩 (猪苗代高)49:07.8 |
2 | 三馬ゴム 1:27:52.2 |
菊地 篤子 (日大) 19:13.6 |
大関 時子 (三馬ゴム) 37:58.8 |
新国 信 (北照高)49:38.4 |
3 | 北野建設 1:30:37.0 |
湯本 悦子 (カザマスキー)19:25.7 |
村上 優子 (日大)38:00.7 |
菊地 一史 (弘前実高)49:40.2 |
リレーで日大は、男女アベック2連勝を飾った。男子15kmでは、30kmでバテでベテランに屈した藤木が、逆に後藤、須藤の両ベテラン選手を抑えて初優勝、日大の1年生、竹村勝則は5位と大健闘した。
■ジャンプ
90m | 70m | 少年 | |
---|---|---|---|
1 | 益子 峰行(たくぎん) 88.5m/99.0m 199.5 |
笠谷 幸生(ニッカ) 70.0m/80.0m 215.4 |
種村 治(六日町高) 57.0m/61.0m 123.7 |
2 | 青地 清二(雪印乳業) 85.0m/98.5m 198.9 |
金野 昭次(たくぎん) 70.0m/79.0m 212.3 |
丸登 康男(飯山北高) 55.0m/56.5m 112.8 |
3 | 笠谷 幸生(ニッカ) 82.0m/95.5m 188.5 |
益子 峰行(たくぎん) 72.0m/76.5m 209.0 |
田中 義人(札幌第一高) 55.0m/56.5m 103.3 |
札幌オリンピックのメダリストを相手に益子が90mを制し、70mは笠谷が貫禄勝ち。
世界選手権大会
ノルディック 開催国:Falun(SWE)
代表選手と成績 | ||||
---|---|---|---|---|
■ジャンプ | ||||
70m | 90m | |||
笠谷 幸生 | 9 | 81.5m/82m 234.7 | 8 | 103.5m/89m 210.8 |
金野 昭次 | 28 | 76m/76m 216.4 | ||
青地 清二 | 30 | 78.5m/81m 215.2 | 11 | 101m/86.5m 202.9 |
益子 峰行 | 31 | 78.5m/80m 214.3 | ||
板垣 宏志 | 32 | 83.5m/77.5m 155.8 | ||
伊藤 高男 | 51 | 不明 125.5 |
■ノルディックコンバインド | ||
---|---|---|
勝呂 裕司 | 15 | 393.94 |
荒谷 一夫 | 30 | 359.16 |
中野 秀樹 | 33 | 356.98 |
大崎 照弘 | 41 | 327.84 |
■クロスカントリー | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
選手 | 男子15km/女子5km | 男子30km/女子10km | リレー | |||
後藤 一義 | 54 | 45:38.94 | 男子不参加 | |||
須藤 昇 | 62 | 47:07.60 | 49 | 1:45:24.89 | ||
大関 時子 | 34 | 16:63.79 | 9 | 1:10:09.70 | ||
菊池 篤子 | 36 | 17:11.81 | 9 | |||
照井美喜子 | 37 | 17:26.97 | 9 | |||
松村美代子 | 9 |
アルペン 開催国:St.Moritz(SUI)
選手 | 滑降 | 回転 | 大回転 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
富井 澄 | 28 | 2:02.19 | 失格 | 33 | 1:45.69/1:41.58 3:27.47 | |
片桐 幹雄 | 35 | 2:04.26 | ||||
市村 政美 | 失格 | 途中棄権 | ||||
千葉 晴久 | 失格 | 30 | 1:44.11/1:42.62 3:26.73 | |||
山本 郁夫 | 36 | 1:47.72/1:41.89 3:29.61 | ||||
南雲美津代 | 41 | 2:01.29 | 22 | 53.38/46.23 1:44.95 | 27 | 1:50.59 |
沖津はる江 | 27 | 54.45/45.84 1:43.93 | 26 | 1:50.56 | ||
岡崎恵美子 | 28 | 53.38/46.23 1:44.95 | 36 | 1:54.76 |
監督である八木祐四郎は、ノルディック、アルペンとも目標を持って挑んだ。その目標は、
ジャンプ 70m/10位以内2名 90m/10位以内1名
コンバインド 10位以内1名/10位~15位1名
クロスカントリー 男子15km3分以内
回転 10位以内1名/15位以内1名
大回転10位以内1名/20位以内1名
滑降 20位以内1名/30位以内2名
というものであったが、目標をクリアできたのは残念ながらジャンプ90mの10位以内1名(笠谷8位)だけだった。八木は、この結果を受けて「精神的要素の強化」を今後の強化テーマに挙げている。
(文中の敬称略)
当時のスキーメーカーの広告。72年札幌オリンピックでスキーが爆発的な人気スポーツとなり、スキーメーカーはイケイケムード。写真は美津濃(現在のミズノ)の広告で、モデルは当時プロスキーヤーとして大人気だった鈴木謙二
選手があこがれたスキーといえばスターマークのクナイスル。オーストリアの名機といわれ、値段も高く、一般のスキーヤーではなかなか手が届かないスキーだった